今月気付いたこと:FeとFcが足りない

愚痴しかない。

 

 

 

4月もようやっと終わったものの、もう半分を過ぎた時点でやっぱり生きていることに耐えられなくなった。

仕事自体はギリギリ続けているけど、それはコレすらも続けられなかったら本当に行くアテがなくなるという恐怖を杖にしているからだ。その杖もそう長くもたない気がする。

 

 

 

目が覚めてから寝るまでずーっと慢性的に疲れているから、疲れたなという感覚が全く分からない。疲れていてはいけないとすら思っている。

人から「疲れているんだよ」と判定されると少し安心する。休むことを許されるから。けど休み方も下手で、過日の辛かったことを思い出しては明日の不安に加算させている。そしてそれを引きずって朝を迎えるもんだから毎日絶望に絶望が重なって日毎に生きていることへのしんどさがましていく。

希望があれば薄まるんだろうけど、そんなものはない。恐怖と罪悪感を動力に毎日動かされている。

 

そんな感情を抑えつけながら生活しているせいか、しゃべりが少ないようで、「もっと会話しないと、コミュニケーションコミュニケーション」と言われることが多い。

うるせぇなこっちは元栓全開にして出せるだけの全部のコミニュケーション力ジャバジャバ出してるんだ。コミュニケーションとか言いながら皆々様の気に入るような趣旨の会話ができなきゃそれはコミュニケーション認定してもらえないんだろオラオラと言いたい気持ちはあるけど、実際人と比べると変人レベルで喋れていないのも自覚があるし、かなり頑張ってこの状態なのだ。もうどうすればいいのか分からない。

喋らない人間って気持ち悪いんだろうしな…ダメだもうこれ以上このことを考えることが耐えられない。去年からずっと考えてるけど何にも変わらないし上手くもいかない。社会に耐えられない。

 

 

 

けど、多分これが自分のデフォルトで、今までの五年間がやや特殊だった。このズレやそれに伴う辛さのまま生き続けるしかない。落ち込む。けど、もしダメなら人間を降りよう。命は価値があるとかよく言われるけど現実を見たらこの世に必要じゃない人間はいるし自分はそっち側だ。

 

 

皆そうだよ、皆辛いんだよって言われることもあるんだけど、だから我慢しろということなのか…と目の前が暗くなるし、本当にそれは同じと言えるのか?と疑問にもなる。辛いならやめればいいじゃん。なに辛いままでいて辛さに引っ張り込もうとしているんだ。もう義務教育が終わったらそういうのも終わりにすればいい。

要は人類皆無理ですモードに入っている。

こんなふうになるために生きているのか。自分がいなくなっちゃえばなぁ。早くお迎えが来ないかなぁ。